■２００３年５月の作品、エッセイ

泉

白魚を掬ひて見ゆる手の血潮

母の日に何故か家内に礼を言う

陽炎に立ちて無人の真昼かな

水溜り光返して夏に入る

「俳句について思うこと」　泉

　私は俳句とは全く無縁であった。しかしインターネットと言うのは不思議なもの で、ふとした事から誘いを受けて、「一風会」に入会した。確か昨年の八月であったと思う。
　それ以来、現在に至るまで俳句を詠み続けている。よく続くものだ、と自分でも感心している。しかし、たかが俳句と侮ってはならない。創作は難しく、継続は更に困難である事を私は痛感している。
　私は俳句については全く無知である。このような私だから、俳句を始めて驚いた事は多々ある。まず季語である。季語の持つ奥の深さ、日本語としての美しさである。 実際には、このような陳腐な表現では言い尽くせない魅力である。
　日本人は今、英語に熱中している人が多い。しかし、日本語の美しさを知らない、 あるいは知ろうという努力をしない事は、日本人として恥ずべき事である。私が言えた義理ではないが、学校でもっと日本語教育を重視すべきだろう。母国語をろくに理解できない人間は、外国人から軽蔑されても仕方がない。
　次に俳句の解釈である。俳句とは自己の内面を表現している、という事を初めて知った。単に風景を詠んでいるのではないのである。「無意識の表現」という事になると、うかつに俳句は詠めない、とも思うが、これは見栄と言うものであろう。俳句が自己表現の手段であるならば、見栄や体裁を一切捨てなければ、俳句を詠む事はできないのである。

金月銀星

春送るなほ青き海青き風

睦ましき山ふところのあやめかな

雨聞けど問はず語らず蝸牛

枇杷の実の青きままなる今日の雨

「俳句のお話し」　金月銀星

　観世音菩薩が素敵なので黄泉から戻って来た人は滅多に居ない。紫式部も新しく天子物語を創作しようと、六道を徘徊して噂話をアレコレ取材したのです。天女や羅漢から聞き出した秘密を頭の中で、整理しながら歩いていたら三途の河原に辿り着いたので、ついでに適当な岩陰で小用を足したのです。間の悪い時に、頭陀袋を下げた芭蕉が渡し舟に乗って来ました。
　紫式部「コレコレ、芭蕉さん後ろを向いてなさい」
　芭蕉「それは困る、振り向いたら成仏できません」
　紫式部「野に岩を抱く俳諧師など幽霊が身の丈に合うわよ」
　芭蕉「それは無いよ、高級メロンや果物の八百物語よりは良い」
　紫式部「八百屋で無くて、八百物語とは何ですか？」
　芭蕉「どうせ、貴女の嘘八百でしょう」
　紫式部「なんと無礼な、下層民の妬み根性丸出しよ」
　芭蕉「穀潰しの雲上人の暇潰しなど全く興味は無いよ」
　紫式部「何よ、夏炉冬扇の類が生意気ね」
　芭蕉「我輩の俳諧の読者は銀漢の星より多いぞ」
　紫式部「良く言うわね、昼メロもトレンディドラマも私が元祖よ」
　芭蕉「年増女の書いた男女の絵空事など確かに罪は無いね」
　紫式部「ろくな稼ぎも無い乞食行脚の旅日誌よりは救われるわ」
　芭蕉「所詮、税金泥棒どもの巧言令色の寄せ集めに過ぎぬわ」
　紫式部「つまらない俳諧など幾ら食っても腹は満たされないのよ」
　芭蕉「女と言う生き物はね、ブラックホ−ルよりも強欲なんだよ」
　紫式部「その女が駄目な男どもの尻を叩いて戦わせるのよ」
　芭蕉「とうとう正体を現したな殷を滅ぼした九尾の妖怪め」
　紫式部「毒にも薬にもならないペンペン草がうるさいわね」
　芭蕉「自然と対話し仏の声を俳諧に詠む風流が紫式部には解からぬか」
　紫式部「栄耀栄華と贅沢三昧こそ極楽なのが芭蕉には解からぬか」
　芭蕉「おいおい、浮世では女性俳人も多いのだよ」
　紫式部「ふん、恋愛漫画の方が売れてるのよ」
　芭蕉「どうやら須弥山が俺を呼んでるぜ」
　紫式部「逃げる前に、頭陀袋の中の懐紙を置いて行きなさい」
　芭蕉「何と図々しい、貴女にそんな義理は無い筈だ」
　紫式部「まったく気の利かない男ね、神童の噂はまがい物かしら」
　芭蕉「懐紙はくれてやるから、俳諧の風流をお忘れ無く」
　紫式部「使い捨てて、三途の川に流してやるわよ」
　芭蕉「ええい、勝手にしやがれ」
　紫式部「邪魔者め、とっとと立ち去れ」
　ひねくれ者の紫式部と変わり者の芭蕉の口論は、僕が見てきた実話ですが、紫式部が心を入替えて後に…観音経を編纂したと言うのは真っ赤な嘘です。

梢

風のふと止みし隙より春愁ひ

鳥去りし後の葉叢が吾を呼ぶ

かき氷秘密飲み込む痛さかな

葉桜や戒名無用の太き幹

「俳句入門経過報告」　梢

　「初雪を乗せて立ちたるパセリの子」この句から始まった私と俳句の日々が、五ヶ月を過ぎた。
　目に入るあれこれを、とりあえず五七五にして楽しむ日々が始まった。しか し、俳句は自己表現の一つなどと意識し始めた途端に、句作は苦しい作業に変わり、何を詠んでも満たされない思いが出てきた。言葉を捜しては心とのマッチングを試みるも、少し時間を経てから読み直してみれば、それは哀れなほどの継ぎ接ぎだらけの言葉の塊に見え、また、そう感じる自分の生意気さも意識されて更に落ち込むという逆スパイラルに突入…。表現力や技術力の大いなる不足は大前提としても、物事全般に対して深く掘り下げる事無く流してしまいがちな自分自身の心の在り様が、形として表れた時にはこのようなものだと言う事なのかもしれない。
　だが、しかし…である。片言ずつでも何かを言いたい自分がいるらしい。恥は既に充分かいてきている。ならば、この語るべき道具は与え続けるしかないのだろう。
　書きたい気持ちが心の何処かにあるうちは、書けないと諦める自分を乗り越えてくれるようで、そんな自分を見ることは少し嬉しい。形として残すことの重さも感じつつ、そうした日々を記す日記のような存在になってきている、今の私と俳句との関係なのである。

ｎｅｋｏ

噴水の音途切れるや曇り空

蕗の葉に頷きかけて日暮れかな

小満や生酒買うた帰り道

青蔦の青の先まで伝う風

「表現するという事」　ｎｅｋｏ

　俳句に親しみ始めてあっという間に一年がたった。現実は、季語との壮絶な戦いのうちに月日が経ってしまった、そんな言葉の方が似合うような一年であった。
　季語を含めた僅か１７文字の中に、自分なりの感情を盛り込むことが、「これほど厄介なこととは考えてもいなかった」これが率直な感想である。見たこと、感じたことを、己の拘りと、拙い表現技法とが葛藤する中で、文字として表すことの困難さは、当初予想さえしていなかったことであったのだ。
　私は、まあ、下手の横好き程度の写真撮影もまた、趣味のひとつである。被写体は、身近な四季の花々や風景、そして街の佇まいなどであり、人物撮影にはとんと興味を誘われない。
　カメラを手にしてみると、視界に広がる世界の中から、そのどの部分を、どんな風にして切り取ってみたものか、頭の中で描いてみても、ファインダーの中には、また別の世界が描かれてしまっている。挙句の果てには、仕上がった写真を見てみると、自分の思っていた雰囲気とは、まったく異なったものがそこにあったりする。こちらもまた、葛藤である。
　そして、試行錯誤を繰り返しながらファインダーを覗いているうちに、思わぬ世界を発見することがある。そう、考えあぐねていた末の「発見」なのである。そんな写真を額に入れてみたりすると、思わぬ賛辞やら、批評をいただけたりもする。
　俳句でも、先生のご批評を拝見させていただいていると、「そこに発見があった・・・」と言う言葉をみかける。やはり、目に留めていただけるような俳句には、自分なりの発見が表現されているものなのだろう。何かを表現しようとする時、そこには、他人様に理解していただけるような「発見」が表されていてこそ、自分の意思を伝えることが出来るものなのだろうな。なんて、考えさせられる今日この頃である。
　これも、俳句という文字の世界に親しんだからこそと思っている。

春おぼろ

一対零九回の裏夏来る

大金の落ちてゐさうな木下闇

木の枝を払ひし影の平らなり

暗がりの奥に烈しき杜鵑花かな

「俳句つらつら」　春おぼろ

　俳句を始めて一年半になるが、今のような毎日が来るとは誰が予想出来たでしょう。
　朝、目覚めて洋間に座ると庭からは窓越しに朝の匂いを感じ、ニュース番組に眼をやれば背景の緑や水に眼が行ってしまう。家を出て会社に向えば、車の中から昨日と同じ風景の中にもどこか違うものを探している自分。会社に着けば着いたで周りの人の行動や事務所から見えるビル街の風景に目が行き、退社ともなれば安心感とともに夜の街を彷徨いたくなる。毎日が新鮮に始まり、ひとたび俳句の対象（仮に蝶々）を見つければ飛ぶ様子・飛んで行く方向・飛んでいる場所を観察し、あげくの果てには「この蝶々はここで何しているのだろう」等と、とりとめもないことを思いながらその様子を五七五にまとめようとしている。
　俳句を始めるまでは無かった事であり、俳句の面白さとは一句が出来上がるまでの過程が面白いんだとつくづく思う。想像で句を作ることも多々有るが、俳句初心者にとってこれは難しい。なぜなら実際には過去に見聞きしたものを思い出して想像しているのであるが、ありきたりの事しか浮かばず、一句できたものを読み返しても面白さも新鮮さも無く、自己の未熟さを感じるばかり。新鮮な想像の句を作れるようになるには、まだ数年かかるかも知れない。「空っ風」で選をいただく句に写生して出来た句が多いのも、「真実の重み」と言うものが間違いなく存在するからだろうと思う。
　さて、明日は・・・

ひらくに

連休に訪れし墓春日傘

仄暗き半月の下白牡丹

両の手の上で和紙（わがみ）の蛙跳ね

風知草ゆらゆら定め無く揺れし

「俳句と折り紙」　ひらくに

　俳句は去年の８月から偶然始める事になりました。それは鈴木先生と同姓同名の別の方宛のメールを間違って送った為です。俳句の先生とは知らずに川柳もどきのメールを送り、その時、先生から「狂歌も川柳も鋭い人間観察や批評精神、あるいはユーモア精神などが総合的に必要でしょうが、それらをひっくるめて、最終的にはヒューマニズムということに行き着くかと思います。どうぞこれからも庶民的目線を大切に、市井人としての哀歓をお詠みくださいますよう。」この様な温かく手厳しいご返事を頂き今日に至っています。
　以前から趣味は３０年近く続けている折り紙です。折り紙の魅力は一枚の紙を折り、面と線の屈折によって表現し、立体造形となって手の上に生命の息吹を感じます。限りない探求心を持ち、有りの儘を見つめて無駄な線を少なくし的確な折り線を折る事を心掛ければ、両の手の和紙を通して温かい作品（子供）が生まれる、と折り紙の老師に教えられて続けています。
　もし出来うるなら俳句も１７文字を折り重ね、無駄の無い言霊で心を揺さぶる子供が一つでも詠める事が出来ましたら、私の履歴書に折り紙と同列に俳句と誇らしく追加したいと思っています。
　最後に鈴木伸一先生、そして空っ風俳句ランドの皆様との出会いに感謝しております。

美月

連休の朝の静けさ鳥のこえ

奥山の新緑もゆるまるたばし

衣替え日に日に変る山の彩

若葉闇すがたみえねどけはいする

「俳句はじめて三ヶ月」　美月

　今年のお雛祭りも過ぎたころと記憶しております。銀星さまより礼儀正しいご挨拶と空っ風俳句ランドへのお誘いを頂きました。正直いって俳句の世界には届かぬ別世界の偏見がありましたので、お誘いから逃げることのみ考えておりました。
　一週間ほど考えたでしょうか。「だれも最初から上手に句を詠める人はいない」との一言で、最初は皆同じならば、下手で当り前、気楽でまいりましょうと決めてからは、入門に必要なのは唯一度胸だけのようでした。
　それからは恐ろしいもので恥も外聞もなく１７文字に言葉合わせの毎日、しだいに季語を学び俳句の奥ゆかしさを知りました。言葉と季語を通して１７文字の中で広がる、わび、さび、の心を表現する不思議な世界が俳句ならば、学ぶものは無限に・・・。
　入門より三ヶ月の経過から痛感することは、「自然と人間とこころ」を１７文字に込めて詠むための、持ち合わせの言葉、文字が想い浮かばない、その不自由さがたまらなく不甲斐無く思えるのです。もしも「俳句」に出会わなかったら、生活で話す限られた僅かばかりの日常ことばと限られた喜怒哀楽で一生を終えて、これで良しとするところでした。
　銀星さまのお誘いを今は有り難く思います。ご多忙の鈴木伸一先生をお迎えして随時適切なご指導とご指摘に、その都度、俳句への感謝と感動を新たに致しております。そして空っ風俳句ランドの皆様の思いやりに感謝致します。
　さあ〜、これからが本当のはじまりです。

雪うさぎ

さやさやと眠れぬ蛇に星潤む

若葉風受くる身薄荷の香りかな

野ばら嗅ぐ兵士よ国境今だ有り

ひとりゐる薔薇咲く日々の明るさに

「俳句と私」　雪うさぎ

　もうずいぶん昔のこと、詩に夢中になっていた頃があった。
　コピーで作った詩集を、お金に困って１度だけ新宿で売ったことがある。
　ビルの警備員に追いたてられるまでに１冊だけ売れた。あのころの新宿にはそんな若者が多くいた。
　けれどその数年後、事情があってそれまで書き溜めた詩も日記も全て廃棄してからは詩は書けなくなってしまった。その理由は「恥ずかしい」の一言に尽きる。
　自分の苦しみや悲しみや、はたまた恋情などを詩に著わす技量が私には無かったと思う。気持ちはストレートに露呈し、冷静に見てみれば心情のただの垂れ流し。それに気づいて感じたことが、身の置き所のない恥ずかしさだったのだ。
　それから長い年月が経ち、ひょんなことから俳句を書き出して１年がすぎた。
　語彙の貧困、知識不足、表現力の稚拙、文法力の欠如などはいわずもがなで日々苦悩しているし、何とか作り上げた句を見ると、やはり身の置き所のない自己嫌悪に苛まれるのは同じなのだが、詩の時とは何かが違う。
　俳句はやはり、一種様式美なのだと思う。
　立ちはだかる季語とは日々格闘、とも言えるのだが反面、自分の全てをそれに託せる宇宙の如きものでもある。
　雪を詠む、蒲公英を詠む、蛇を詠む、月を詠む、全てその対象を表現しているつもりなのだが、そこには紛れもなく自分の心情が色濃く内包されるのだ。俳句だからこそ、それらはストレートに現れることはなく、読み手の判断にゆだねることが出来る。感じ取って下さるのも嬉し、正反対の解釈をして下さるのも愉し。
　髪振り乱し、涙を流して叫ばなくとも、春雨が、朝顔が、紅葉が、綿虫が、自分の心情を代弁してくれる。それは何と気楽なことだろう。
　そしてその「様式」という一見不自由なかたちの奥に広がる表現の可能性は、間接的であるが故に無限なのではないだろうか。人の心の様々な襞が森羅万象によって語られる・・・渾然一体となったそれはどこまでも高く飛翔し得るし、どこまでも深く沈み得る。
　十七文字の宇宙はまさにマクロからミクロの世界である。入り口でいつまでも茫然としているのはいい加減卒業したいのだが、まだまだ突破口は見つからず・・・けれど今回に限ってはおのれの飽きっぽさを返上して探求を続けたいと思う、俳句に捕らわれた私なのである。

りょうしん

緑の雲に欅の花は白く浮く

おたまじゃくしの腹ののの字を差し出す子

五月雨に憩い語らう月と星

頭上の闇抱える欅並木かな

「俳句」　りょうしん

　俳句は、私にとって顔文字のようなものです。
　ネットの掲示板、電子メールに挨拶と共に添える。
　ネットに参加してる年齢層が広いため、話題に困るときが多いんです。
　そんなときに俳句を一つ即興で置いてくると、そこから話題が広がる。
　俳句といわず川柳、都々逸、短歌、早い話が言葉遊び・・・
　俳句は言葉の数が少ない分難しいけど、それが面白い。
　イメージとしては、一升枡に言葉を山盛りに詰めて手の平で枡の横をトントン叩いて落ち着かせる、そしてまた言葉を詰め込む。変なたとえ話かな？
　これは、私が現役のときカーステレオを設計していた時のイメージです。
　カーステレオのサイズはDIN規格で決まっていて、それが一升枡みたいで、その中に部品を詰め込む。今みたいに小さい部品のない時代でしたから。
　その仕事を２０年、考え方もいまだに身体に染み込んでいる。
　それが私の俳句です。作り方が文学と違ったところから出ているので多少の疑問がありますが。
　俳句を作るということに、それを作る人の人生が反映されるとしたら、文学としての俳句とは違った俳句も沢山あるんでしょうね。
　私の俳句はCADで作る俳句です。

■２００３年４月の作品

泉

散る桜コップに浮ぶ夜更けかな

春風や携帯電話を見て歩く

金月銀星

花の雨傘はそのまま濡れるまま

それぞれに川面眺むや紅枝垂

千人の乙女の如し紫荊

晩春や立ちはだかりて朝嵐

梢

木蓮や静脈に針入らざり

菜の花に天使の梯子かかりをり

水田に呵呵大笑の雨走る

夏近し上野の森は夜を待ち

ｎｅｋｏ

グラス手に今宵の行方花に聞く

初蝶の戯れ予報は雨となる

春雨を素足で感じ時の波

春おぼろ

子は泣きて親は怒るや山笑ふ

蒲公英の絮の彷徨ふ日本国

我が影のふつと差し来ぬ春燈下

野遊の刻打つものに月と星

ひらくに

輝きて咲き咲き終えて散る櫻

桜屑掃き目の帯に朝日差す

日が延びて時計の針も追いつかず

夏近く木々抜ける風軽やかに

美月

さくら舞う舞いにまいたるアスファルト

新緑や母のかんばせ綻びる

大輪のやっと咲きたる君子蘭

雪うさぎ

日翳れば濃き雲となり夕ざくら

昼深く花散る町の静けさよ

チューリップあまりに赤き怠惰かな

第一章風が閉じゆく四月尽

りょうしん

晴れ渡る花の木陰に寛げば

谷渡り蛙の声を一跨ぎ

■２００３年３月の作品

泉

旧正やただ善哉を食ふばかり

川の土手風と光と土筆かな

大試験終りて後の虚空かな

卒業式終えて階段走りけり

空晴れて靴を離れぬ春の泥

金月銀星

遠く来て遠く春見る三浦かな

春の川あうらの石や丸くなり

放生の鳥とどまらず彼岸かな

春遊び朝陽を浴びて影は濃し

うららかな大安のけふからつぽや

梢

一握の砂は無けれど春愁ひ

麻酔せし口半分に春の風

くしゃみして音始まりぬ春の雨

まぶしさを身体いっぱい水仙花

田打して後の雨染む土の色

ｎｅｋｏ

あやふやを春陰と言い納めけり

時止める雲雀の空と問答す

春描く夢の谷間の独り言

振り返り花咲く時を見つめたり

居住まいを正してみれば初桜

春おぼろ

朝寝して斜（はす）に世間を見てをりぬ

ボス猫のけふは孤独に春思かな

刻々と迫る締め切り土筆摘む

啓蟄や道場狭き柔道部

吊り革を握り直して目借時

ひらくに

三月や吹く風舞える朝の駅

皆動く春一番が姦しき

薄赤く春雨過ぎし山の影

塔も立春通り抜けたる野邊の蕗

雁帰る飛行の一字掠れゆく

美月

啓蟄の言葉と共に友の顔

春の雨欅にとまり鳩なやむ

過ぎし日の喜怒哀楽のさくらかな

雪うさぎ

雛の間の午後燦爛と深まりぬ

永き日や不意に世界の軋む音

雲雀野のなほ静かなるまひるかな

蒲公英を辿るひかりの道しるべ

少年の真昼の孤独麦青む

りょうしん

雨上がり待ちかねて咲くさくらさくら

■２００３年２月の作品

泉

パンジーのパンセと聞きて肘をつく

冬うらら空の青さを見るばかり

春浅き街に光の差しにけり

金月銀星

春淡し割れたガラスが肌に触れ

麗かや声はとほくに陽はここに

銘は春明るき空の刃文かな

梢

一揺れの弾み残して春の鳥

ほらそこの辻のむかうは春の闇

陽光のうすうす見ゆる春炬燵

ｎｅｋｏ

春立ちて踊り静かな雪となる

日暮れても雨の飛礫や梅の花

店先も模様替えして雨水かな

春おぼろ

鬼やらひ空一点の翳りなく

春寒し月は水面に浮かぶもの

囀やまるごと空きし社員寮

ひらくに

節分にデフォルメお面豆浴びて

春の宵携帯とチョコ手に抱え

梅白き何時に無く白き盃重ね

雪うさぎ

問ふひとに答へはひとつ春の雪

光増す野をそのままに冴返る

天頂に獅子が抱きて春の月

りょうしん

春浅し身体をゆすり打ち合わせ

■２００３年１月の作品

泉

病院食休む日もなき大晦日

田の中に火柱立てて飾焚く

北風の止みて微かに光射す

我の背を黒く濡らして冬の雨

夜半の雪明日の仕事を思ひけり

金月銀星

足音を陽が温め来る枯野かな

手弱女や七日の日中走り抜け

寒空や蒼は果てなく陽は暗く

冬空や青く青くとペン走る

土くれも青く照らすや冬星座

梢

雲一片流れて溶けり二日はや

四日はや蝋を溶かしたやうに暮れ

冬麗の光芒森羅万象に

響きあふ童の声や冬日和

常磐木に光零るる冬の空

ｎｅｋｏ

うらじろも縮れて明日は五日なり

湯豆腐の白さばかりが目につけり

帰りては咳を飲み込む夕餉かな

寒林に戻らぬ鳥や光の餌

闇の雨冬の話を語り継ぐ

春おぼろ

古壁の古傷隠す初暦

月冴々殺風景の宇宙かな

風邪癒えて眩しき空の有りにけり

当然の如そこにゐる寒雀

北風に一句を詠ふ意気地なく

ひらくに

初詣帰りの墓は雨に濡れ

松梢暮雪の傘が幾重にも

鏡餅焼けて膨れて福が来る

加速する川の流れに春を待つ

春隣真珠の滴手にのせて

雪うさぎ

想ひ出は仄と透けたり年逝きぬ

灯明に花びら餅の紅ほのか

去年の雪残れり去年の痕のごと

極彩の冬晴眩し中華街

寒の水寒の日差しに澱みをり

りょうしん

初春や鶺鴒のみがせわしげに

霜に摘むなずなはこべら粥の中

猫の行く足跡だけが雪溶けて

大安に退院しますと寒終る

■２００２年１２月の作品

泉

帰宅してする事もなき炬燵かな

山越えて白波高き冬の海

昼と夜入れ替りたる冬至かな

クリスマスケーキを食べてクリスマス

金月銀星

花売りの声聞こえけり冬の雨

冬星や銀彩（ぎんだみ）の夜に遊ばしむ

年忘遥かに遠き家路かな

空風や私の影も飛んで行き

梢

初雪を乗せて立ちたるパセリの子

冬の月影を更なる影にして

小鳥きて開けそびれいる障子かな

ｎｅｋｏ

葛藤の文字目立つなり十一月

夕凍に言の葉も無き大銀杏

治まらぬ言葉は冬の雨となる

行き場無き言葉詰め込む冬の空

春おぼろ

ただ風の中にゐるだけ枯尾花

息白し刻待ち合せ待ち合せ

真白き手帳汚して年用意

新聞の予約断つてゐて湯ざめ

ひらくに

今日の暮れ明日の暮れも師走かな

縄暖簾コップの熱燗両手添え

葉牡丹を午後の日差しの中に置き

狐火がビルの谷間で一つ消え

夜間飛行

空色を塗り忘れたる冬の雨

町並の向こうは余白冬の空

一番に猫が陣取る炬燵かな

雪うさぎ

玻璃越しのひと日暮るるや冬の雨

夕間暮れ雪の小径の通りゃんせ

今日独り歩いて空し冬磧

北十字架りてラヂオの降誕歌

りょうしん

裸木の決意しめして雨に立つ

背を向けて寒風の中列車待つ

冬の日にガラスの汚れ浮き上がる

霜降る夜始発のベルを遠く聞く

■２００２年１１月の作品

泉

秋祭雨に打たれて終りけり

秋深き家族一人の重さかな

暗闇の街に時雨が落ちにけり

秋深し死にゆく人の住処かな

集まりて笑ふも静か小春の日

金月銀星

ビー玉が碧玉となる秋深し

雲翳の薄陽ひろひて冬芽かな

罪無きも罪有る人も時雨かな

冬と云ふモジリアーニの世界かな

冬の巴里ユトリロの絵に沈みけり

ｎｅｋｏ

人波やテーマパークの万聖節

月末の仕事帰りやうすら寒

落葉掃く妻の背に散る落葉かな

一茶忌と話しかけるや翁句碑

太古より瞬ける星冬の空

春おぼろ

紅葉は早し茶髪を見て帰る

冬近し納品急ぐ町工場

並びゐるビルは灰色冬木立

探せども探せども風邪薬無し

気が付けば最後の咳をしてゐたり

ひらくに

白き音残して鴫の舞い上がる

冬の暮飾り窓から灯が漏れて

ベランダの洗濯物に冬の暮

紙漉し戸板は白く重なりて

暗闇の寒さの中に足を入れ

夜間飛行

神の教へにさからひし帰り花

とりどりの千代紙の裏冬の色

雪うさぎ

見届ける落暉鋭し十月尽

雪蛍我に触れたる跡も無し

星芒や狼眠る遠き山

塵のごとくひかりのごとく雪蛍

湯冷めして挟む押し葉の栞かな

りょうしん

日を背負い影絵の中に散る落ち葉

夕闇に綿虫紅く灯をともす

花丸く取り合うような八手の葉

枇杷の花とどかぬ母の指の先

■２００２年１０月の作品

泉

命ありただそれでよし秋の暮

天高し家の空気を入れ替える

日を浴びて休みを取りし刈田かな

運動会へ黄金の中の道を行く

金月銀星

柿食うて柿と浴びたる朝陽かな

秋の海歯痒きほどの蒼さかな

ゆくみづに碧紗を着せぬ秋の川

烏覆子熟れ山はしみじみ静か哉

ｎｅｋｏ

薄っぺらな秋の風に線を引く

桃色のとじた芙蓉や灯も包む

秋風や視線の重き一人旅

霜降と示す暦や肌寒し

春おぼろ

台風来入院患者受付中

一人来て旅の終わりの星月夜

日溜りの庭に一声小鳥来る

引き抜きし鯔青空に弧を描く

ひらくに

雨に濡れ木犀落ちし金砂子

母作る影絵の犬に噛み付かれ

明け烏大声立てて柿つつく

欠伸する猫の鼻先秋の蝶

夜間飛行

法則に従ひ林檎落ちにけり

秋の空円周率のごと続く

雪うさぎ

この先はたそがれの国九月尽

秋雲は白帆のごとし海を恋う

カーラジオ切ればコトリと木の実降る

日本の色や柿色柿の空

■２００２年９月の作品

泉

扇風機音も静かに秋に入る

土いじる老婆の背中秋包む

柿赤く冷たき空に浮かびけり

墓石に鶏頭の赤映えにけり

金月銀星

きのふよりけふの碧の九月かな

草の名をみな呼び合ふや秋の声

しろがねの月しみわたる街かな

秋蝶や供華にとまりて海の色

多聞

白い絵の具をかすれさせ秋が来た

枯れ野原海原にして季節風

ｎｅｋｏ

秋の雨星くず奏でるヴァイブかな

過去となる思いを抱いて松手入

そぞろ寒昨日の酒を舐めてみるなり

蒼空を掴みきれずに彼岸花

春おぼろ

秋の夜の雨は車道に輝けり

鈴虫はちからいつぱい鳴いてをり

鈴虫やここから先はビジネス街

訳も無く拾つてしまふ櫟の実

ひらくに

解体の騒音止みて秋の暮

ネクタイを弛めて気付く虫の声

秋風に千里馬闇に嘶きて

行商の背負える篭も秋の暮

夜間飛行

金木犀小数点の落ちてをり

隣室に咳の音ある夜長かな

人の世にすこし距離おく彼岸花

鈴虫の鈴拾ひたき母のため

雪うさぎ

無花果や醸せし花を食ふごとく

朝顔や荒れ野に逃げし空の青

良夜更く眠りしものの夢の影

雨走る秋のサーファー影のごと

■２００２年８月の作品

泉

さっぱりとそうめんの味母の夏

小雨ふる夏の終りに疲れあり

夕空に白い月ありビール飲む

金髪の我が子の顔に見入る秋

金月銀星

秋澄みて瑠璃の夜空の美神かな

風澄むやあきつひとつの西の空

敗戦日溶けたガラスの羅刹かな

露草や昨日の空の記憶なり

ｎｅｋｏ

あさがおやお伽噺も尽きるなり

移る世の秋風写す一茶句碑

秋涼し起きて味噌溶く温かさ

行く夏のグラスに遊ぶ山の色

春おぼろ

きれぎれの雲の眩しき残暑かな

竿先に止まる蜻蛉の重さかな

不器用にきちきちの飛ぶ風の中

秋近し鳥鳴く朝の来てゐたり

ひらくに

槇塀の天から地まで虫の声

東京の空新たなり台風過

打ち水で土の熱気が飛び上がる

草むしり父が忘れし鎌赤く

夜間飛行

ほろほろと目の前過ぐる百日紅

お盆明けまた七曜のはじまれり

初秋の湖東三山まだ青し

かくれんぼひとつふたつとゆふやけぬ

雪うさぎ

明星や地球は如何に輝ける

陽の粒の乱舞まぶしき初嵐

思索する半月僅かに傾きて

白光の宇宙となりぬ烏瓜

■２００２年７月の作品

金月銀星

空あれば夏鶯の空になり

金花虫空より青く陽の中や

やわらかや海より生れ夏の客

古書とじる風より軽き夕顔や

木蔭より空の碧に秋近し

ｎｅｋｏ

町包む曇りガラスや半夏生

青柿の転がる風の道に沿ひ

竹やぶに竹の音して梅雨明くる

揺れ重き氷の旗や通り雨

自販機にはみ出た日除午後休み

春おぼろ

蜘蛛の子や足踏んばつてゐたりして

向日葵や笑つてばかりもゐられない

忽然と蝉現れて鳴きにけり

目が合ひて笑つてしまふ酷暑かな

片陰に銀の糸引く水の道

夜間飛行

緑陰に眠る子のそば眠る猫

夏の月ゆつくり歩き親子連れ

立葵空に階段伸ばしけり

冷蔵庫夏をいつぱい頬張りて

筆の跡かすれてゆくや蝉時雨

雪うさぎ

いつの日か蓮のうてなの彼我ならむ

燦々と父の忌白き日傘さす

夕間暮れ合歓の和毛のささめごと

ひとくちの甘き西瓜や厨窓

紅鼻緒あの日の花火消えざりき

■２００２年６月の作品

金月銀星

ゆふぐれや水色よひら水のやう

四葩咲く今宵ダミアを聴いてゐる

仄めきて空に路無く碧揚羽

宵更けて梔子の香や遊びけり

梔子のかをり恋しや西明かり

ｎｅｋｏ

ほたる火やそつと照らせし子の笑顔

大吟醸よく冷えてゐる切子かな

虫取りの網夕影に忘れし子

夕闇と五月闇との挟間かな

手を拒むむらさき一つ鉄線花

春おぼろ

昼寝覚めなんだか笑つていたやうな

夕涼み無言の人を通しけり

落ち会ひて黙するふたり大夕焼

乾杯の前の静けさビール注ぐ

炎昼の崖ぎりぎりにダンプ来る

夜間飛行

たいくつなブランコ垂れる昼下がり

満天の星いだきつつ夜濯ぎす

紫陽花明かりに便り何度も読み返す

アスファルトに素描のごとく凌霄花

飛騨川の鮎きらきらと解禁日

雪うさぎ

紫陽花といふ仄かなる明かりかな

紫陽花にシャガールの青かさねたり

夏至の陽や高さ極めて沈みゆく

雨音をただ聞いてをり六月尽

溶けかけしバニラアイスと雨を聴く